必見!サハリンの樺太時代の建物探訪(旧樺太守備隊司令官官舎)

皆さん。サハリンが嘗て日本領だったことは知っていますよね。
日露戦争後、ポーツマス条約(1905年)により北緯50度以南が日本領となり、太平洋戦争での敗戦(1945年)までの40年間、南サハリンは樺太と呼ばれる地となりました。
この間、当時の日本最先端の建築技術を投入したであろう建物が、今なお数多く現存しているのです。
今日はその中の一つ、旧樺太守備隊司令官官舎をご紹介します。
1908年11月に建てられたこの建物は、ゴシック風の佇まいを感じる一部木造作りの洋館。
現在は軍事裁判所として利用されています。

住所:ユジノサハリンスク市ネベリスカヤ通44a
アパートに囲まれて建っているため少々分かりづらい。
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今後、機会を見て古き樺太時代の建物をご紹介していきたいと思います。
乞うご期待!


サハリンのペイントボール

皆さん。皆さんはペイントボールと云うスポーツ競技をご存じでしょうか。
筆者は名前こそ知れ、見たのは初めて。
写真は、25日(日)にユジノサハリンスク市第1番学校グランドで行われたペイントボール大会の様子です。
ペイントボールとは2チームがそれぞれの陣地に掲げてある相手のフラッグを取り合うアメリカ生まれのスポーツで、出場者はペイント銃と呼ばれる圧縮ガスを利用した銃を用い、インクの入ったペイントボールを撃ち合い勝敗を争います。
スポーツ競技とは云え、ウクライナで紛争が激化する中、銃を片手に打ち合う姿に、チョッと複雑な心境になってしまうのは私だけなのでしょうか。
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ロシア人学生の手習い

日本語学科がある国立サハリン総合大学。
ただ今、ここに通う学生達による毎年恒例の習字コンテストが好評開催(主催:日本語教師会)中です。
今年は例年になく多い123点の作品が出品されています。
毎年、審査員を頼まれるのですが、小学校の授業以外、書道の心得のない筆者にとっては作品数が多い分、審査に四苦八苦。
それにしても、何とも味のある作品が多いとは思いませんか?
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サハリン初の歩道橋

ユジノサハリンスク市内で、サハリン初の歩道橋建設が真っ最中。
徹底した歩行者優先が浸透しているサハリン。
信号機のない横断歩道でも歩行者がある限り略100%止まります。
これで、朝夕の渋滞、少しは緩和するのかなぁ?
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写真:ミラー大通99付近

ぶるぶる サハリン

5月11日、12日と気温が23度まで上昇したユジノサハリンスク。
この陽気で桜も一気に開花。
ところが一転、13日以降は気温10度を下回る日が続いています。
特に今日16日の気温は2度。街往く人も冬の様相。今にも雪が降りそうな様子です。
咲いた桜もさぞ驚いたことでしょう。八分咲きのまま、散る気配がありません。
今時期のサハリン。三寒四温ならぬ五寒二温?
来週あたり花見できるかな?
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2014 ユジノサハリンスクの桜開花宣言!

今朝、出勤途中に事務所近くにある大山桜の開花を発見(もしかして、昨日日曜日に開花していたにかも)。
ここ数日続いている初夏の様な陽気で、昨年に比べ17日も早く開花。
2014年、稚内市サハリン事務所発表! 「ユジノサハリンスクの桜開花宣言」です。
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春到来! ユジノサハリンスク

近頃、めっきり暖かな日が多くなってきたユジノサハリンスク。
レーニン広場やガガーリン公園には、冬には見かけることのなかった子育て中の親子連れが。
春を実感できた一時です。
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ユジノサハリンスクの5月1日

2ヶ月程に亘った長期一時帰国。久しぶりのブログ更新です。
さて、5月1日は云わずと知れた「労働者の日(メーデー)」。
ここユジノサハリンスクでも、5000人規模のパレード、集会が開催されました。
一方、モスクワではソ連崩壊後、24年ぶりに赤の広場でメーデーの集会が開催されたとの事。
ウクライナ問題発生以降、ロシアの動向が多い気になるところです。
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