2016年08月29日

ネベリスクにある「ワッカナイ通り」

ロシア連邦サハリン州には「ワッカナイ」と名の付いた地名2ヶ所有るのをご存じですか?
その一つが、コルサコフ市に有る「ワッカナイ公園」。
そして、もう一つが、ネベリスクにある「ワッカナイ通り」。
そもそも稚内市とネベリスク市との関係は今から四十数年前に遡ります。
1972年、ネベリスク市からソビエト社会主義共和国連邦樹立50周年を記念する式典に招待を受け、その式典に友好使節団を派遣したことがキッカケ。
そして、1987年両市の友好の証しとしてネベリスク市内にワッカナイ通りが誕生し、その2年後には通りの一角に友好都市記念碑が建てられました。
来年は稚内とネベリスクの友好都市締結45周年。
今後も日ロ友好の先駆けとして末永く友好的な関係を続けて行きたいものです。
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2016年08月16日

サハリン・ネベリスクの夏祭り

8月12日、今年で7回目となるネベリスク市サマーフェスティバルに、数千人のネベリスク市民が訪れ短い北国の夏の夜を楽しんだ。
夜9時から始まった開幕式に引き続き、この日のメインイベントとなる野焼きの点火式が取り行われた。
そもそも、野焼きとは縄文時代の土器を焼く方法で、地面に穴を掘り熱が逃げないように窪地を造り土器を並べ、その上に枯草被せ薪を組んで自然に任せて土器を焼く方法。
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ネベリスクでの野焼きの始まりは、1983年に発生した大韓航空機事故で息子夫婦を亡くした宮崎県在住の陶芸家の女性がその鎮魂のために始めたのがきっかけ。
今では、サハリン各地を始め、モスクワ、ハバロフスク等からも出品参加がある一大イベントに成長。

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低気圧の接近に伴う強風の中、招待者、市民の代表により点火式が行われた。

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仮設ステージでは各種ステージパフォーマンスが。

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ステージの周りには深夜遅くまで絶える事のない市民の輪が。
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2014年01月24日

冬のネベリスク

古くから稚内と友好関係にあるサハリン西海岸の港町ネベリスク。
街の名は松田伝十郎、間宮林蔵の樺太探検に遅れる事41年、ロシア人として初めてこの地を訪れた(1849年)ロシア軍人ネヴェリスコイに由来する。
日本統治時代には、『本斗(ホント)』と呼ばれ、稚内との間に定期航路(稚斗航路)も運航されていた。
現在はサハリン屈指の水産の街、そして石炭の街としてサハリン経済の一翼を担っています。
写真は、公務で訪れた1月21日昼頃のネベリスクの様子です。

海と小高い丘に挟まれた狭隘な土地に造られた街並み。
市街地が無ければ利尻礼文を望む稚内の観光スポット「稚内西海岸」に瓜二つ。
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街の中心部バスターミナル付近の様子とバザール(露店)の様子
気温マイナス15℃の中、露店ではカチカチに凍った魚を販売。正に天然冷蔵庫のお店と云った所でしょうか。
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2013年04月26日

ネベリスクのアザラシ成らぬ『トドの群れ』

稚内市街を西海岸線沿いに南へ30分程行った所にある抜海港。
毎年、冬から春にかけ、数百匹の野生のゴマフアザラシが越冬し、多くの観光客の目を楽しませます。
(一方で、アザラシの漁業被害が大問題になっている)
写真は、サハリン州ネベリスクのアザラシならぬ『トドの群れ』。
毎年、この時期になると越冬地(北海道近海?)から北上し、7月頃までネベリスクに留まり、その後カムチャッカに旅立つとのこと。
この間、稚内同様、サハリン州の各地から多くの見物人がやってくるようです。
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2012年02月17日

旧日本時代展 In ネベリスク市(旧本斗市)

ネベリスク市立博物館では、旧日本時代展″が開催(2/2〜3/3)されています。
展示品の多くは、サハリンが樺太と呼ばれていた日本統治時代、日本の一般家庭で使われていた品々です。
この展覧会の開催に当たっては、ネベリスク市内に居住する考古学愛好家シュカベニョフ・ブラジスラフさんが、所有するコレクションをお借りしたそうです。
統治する国が代わり、多くの日本時代のものが姿を消してしまった中、日本の文化に興味を持ち、その保存活動に力を入れて下さるロシア人の存在は、とても嬉しく感じます。
今年は、稚内市とネベリスク市との友好都市締結40周年に当たります。
友好都市提携の調印が行われた1972年(昭和47年)は、ロシアがソ連と呼ばれていた社会主義国の時代。
ソ連邦樹立50周年記念の式典にネベリスク市から招待を受け、稚内市長を団長とする4名の使節団がサハリンを訪問し調印したそうです。
当時は東西冷戦時代。今のように、ある程度の制約はあるものの、自由に往来ができる時代が来るとは、誰も考えてはいなかったでしょう。
今後も両市の友好関係が末永く続くことを願うばかりです。
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シュカベニョフ・ブラジスラフさんの発掘の様子
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展示品の数々
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明治・大正・昭和、歴代天皇陛下の掛け軸と浴衣
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