2015年12月22日

サハリンの雪だるま、スニェカビーク!

ホルムスクの港が見える丘で見つけたスニェカビーク(雪だるま)。
姿形は日本のそれと違ってスリムな体型。
スニェカビークと並んでハイ!ポーズ。
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2015年12月14日

サハリンの氷穴釣りの季節到来

写真は、昨日、公務でレスノエ村(旧落帆)へ向かう途中のユジノサハリンスク近郊にある汽水湖イズミエンチボエ湖(オホーツク村ツナイチャ湖に隣接)での様子。
12月に入ってからの冷え込みで、湖中央部の氷の厚さはまだまだ薄いものの、湖畔周辺の氷の厚さは10pほどに。
そのため、チカ狙いの釣り人が大集結。レスノエ村に向かう道路は大渋滞。身動きの取れない状況に。
車の止め方、どうにかならないのかな?
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レスノエ村へ向かう道の両サイドは駐車場に。そのため、通行できるのは道路中央の1車線のみ。
当然ですが、すれ違えるわけが有りませんから、話し合いでどちらかが2,3百mバックする羽目に!
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2015年12月11日

サハリンに今も残る奉安殿(その2)

前回に引き続き、サハリン・ホルムスクに残る奉安殿をご紹介。

ユジノサハリンスクとトマリへの分岐点となる交差点から、トマリ方面(北へ)へ車で2、3分。
道路左脇(海岸側)にポツンと建っている。
しかし、隣りで資材置き場の造成工事が進んでおり、何時壊されるとも限らない超危機的奉安殿。
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設置学校名は不明。
住所:ホルムスク市レソザヴォツカヤ通(R495)沿い
(レソザヴォツカヤ通とミチュリナ通との交差点から北へ約400m)
樺太時代の住所は「知志内」または「宇遠泊」なのだろうか?

旧真岡郡清水村二股(チャプラノヴォ)に残る奉安殿。
おそらく二股国民学校に設置されていたものに違いない。
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住所:ホルムスク地区チャプラノヴォ村(ホルムスクから約30Kmユジノサハリンスクより)
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2015年12月07日

サハリンに今も残る奉安殿(その1)

奉安殿とは、太平洋戦争以前に天皇と皇后両陛下の御真影(写真)と教育勅語(戦前の教育理念を説いた勅語)を安置した独立棟で、主に尋常(国民)小学校などに建てられた構築物。
戦後、GHQの命令(神道指令)により日本国内に有るその多くが破壊され、日本国内にはほんの僅かに残るだけと云う。
一方、ここサハリン(旧南樺太)には、GHQの破壊命令から免れた奉安殿が数多く現存する。
そんな奉安殿の中から、ホルムスクに現存する奉安殿を、2回にわたってご紹介します。

旧真岡第一尋常(国民)高等小学校
住所:ホルムスク市モスクワスカバ通1
ホルムスク市内で最も保存状態が良いと思われる奉安殿
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旧真岡第二尋常(国民)高等小学校
住所:ホルムスク市マカロフ通2
屋根、壁とも朽ち果て、最悪な保存状態。
おまけに、基礎に空いた横穴は奉安殿を寝床とする5匹の野犬の出入り口に。
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2015年12月02日

ヨールカの季節到来!12月のユジノサハリンスク

今年の残すところ後一月余り。
州政府前広場に、例年に比べ1週間ほど早く出現した高さ20m程も有ろうかという巨大ヨールカ。
ヨールカとは、簡単に云うとロシア版のクリスマスツリー。
ただし、12月25日のキリストの誕生日を祝うためのものではなく、新年(元旦)と神現祭(1月7日)とを祝うためのもの。
点灯式は何時なのかな?
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2015年11月25日

ユジノサハリンスクの冬の始まり

初雪から、凡そ一月余り。
昨日昼からの大雪で街一面、白銀の世界。
どうやら根雪になりそうな様子。
ユジノサハリンスクの長い冬が始まりました。
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綺麗に除雪された小公園の遊歩道。今や、除雪体制は北海道より格段上。
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2015年11月16日

ホルムスク、初冬の釣り人達

休日を利用し、久しぶりにホルムスクを訪問。
防波堤には「チカ」狙いの多くの釣り人が。
「チカ」は北海道にも数多く生息するサケ目キュウリウオ科ワカサギ属の小魚。
味がワカサギにソックリで、てんぷら、フライが美味。
サハリンの人たちはどうやって食べるのかなぁ?
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日本統治時代の防波堤は今も健在。
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2015年10月21日

今日が初雪 ユジノサハリンスク

今朝、今年一番の冷え込みとなったユジノサハリンスク。
窓の外の寒暖計はマイナス2℃。
お昼近くには、空からパラパラ白いものが。
北国の冬は、もうすぐそこです。
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2015年10月20日

ユジノサハリンスクの『WiFi FREE 東屋』

紅葉真盛りなユジノサハリンスク。
ウォーキングを兼ねて市内のガガーリン公園を散歩。
知らぬ間に公園内に建てられた東屋が2棟。
何と!日本では絶対あり得ないであろう、WiFi機能が備わった東屋。
流石!地下鉄内(モスクワ)もWiFi FREEな、IT先進国ロシアの成せる技?
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2015年10月14日

秋深し ユジノサハリンスク

一時帰国のためサハリンを離れて一月余り。その間、市内の様子は一転。
ユジノサハリンスク市内は只今、秋真っ盛り。
初雪もソロソロ近いかな?
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ユジノサハリンスクのメインストリート・コムニスチチェスキー大通。
9月9日とは明らかに色合いが違います。
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2015年09月09日

近づく秋の気配、ユジノサハリンスク

9月に入り、ユジノサハリンスクでは連日晴天の日が続いています。
それに伴い朝の気温も一桁台に突入。
ふと気づくと、街路樹のナナカマドの実も真っ赤に。
本格的な秋の足音が近づく今日この頃です。
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2015年09月07日

今でも現役! ユジノサハリンスクに有る、昭和初めの文化住宅

先日ご紹介した拓殖学校から程近くにある日本の文化住宅。
1935年(昭和10年)に建てられた物件との事。
驚くことに、80年経った現在もロシア人の老夫婦が暮らしている。
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外壁は風雨に強いと言われた南京下見板張り(重ね張り)。
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玄関先、上がり框(写真上)。明らかに日本の造りだという事が見て取れる。
襖は壁紙が張り替えられているものの、天井ともに当時そのまま(写真下)。
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昔懐かしい、玄関横の石炭庫と便所の汲み取り蓋(写真上)。
庭には石畳の小道。
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2015年09月01日

今日(9月1日)から新学期! ユジノサハリンスク

ロシアでの9月1日は、新学期始まりの日。
長〜い、夏休み(3か月間)の終わりの日でもあります。
写真は、ユジノサハリンスク市で最も伝統が有る、第1番学校の校門前で開門を待つ生徒たちの様子。
友人たちとの久しぶりの再会で、生徒たちの顔には笑顔が自然と溢れています。
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2015年08月28日

必見! 樺太庁拓殖学校(豊北農業学校)

ユジノサハリンスクの北に隣接してある集落ノボ・アレクサンドロフスク。
日本統治時代には「小沼」と呼ばれた地である。
日露戦争終結の翌年(1906年)には、すでに小沼には農事試験場が置かれ、樺太において当時の最先端の農業・畜産業を実践する地となっていた。
そんな環境の下、1934年(昭和9年)に開校したのが樺太庁拓殖学校。後の豊北農業学校(1941年校名変遷)である。
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開校当時は、凸型をした正面の造りだったが、戦後ソ連時代に総3階建てに増築されている。
2階、3階部分にハッキリと残る増築部分との境目。
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御影石と思われる当時そのままの階段手すり。
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戦後暫らくは、農業学校の寄宿舎として供用されていたが、現在は一般のアパートになっている。
近くには奉安殿が。今は一民家の倉庫として使われているようだ。
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住所:ユジノサハリンスク市ヴォストチナヤ通11
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2015年08月25日

旧王子製紙(樺太工業)真岡工場

ホルムスクの街外れにある巨大廃墟。
1919年9月に操業を開始した王子製紙(当初は樺太工業)真岡工場跡である。
当時の最先端技術を導入して建設された堅牢な造りは100年近く経過する今日にあっても、その一部は朽ちても尚、工場(製材所、温熱水供給施設、倉庫等)として使用されている。
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完全に廃墟となった外観と内部の様子
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今も供用されている工場棟(左上)。
朽ちた階段を登りビックリ!廃墟の中で遊ぶ子供を発見、思わず記念撮影。
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工場を見渡せる高台に、数多く残っていた王子製紙の職員住宅。
昨年秋にその多くが取り壊され、現存するのは写真の2棟のみ。
この2棟もいつ解体されるとも分らない。
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posted by ブログ担当 at 15:13| Comment(0) | 樺太時代の建築物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする